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かわいい子達

 我が母校の農大劇研にジーパンズの宣伝に行ってきました。部員の金丸君にアポをとっての部室での待ち合わせ。もう自分卒業して15年経つのにうまいこと歴代の後輩さんたちと繋がってます。なるべく授業してる時間選んだので部室誰もいないかと思ったら、ウジャウジャいました。僕が入り口来た途端みんなして寄ってきました。例えて言うと、子猫がえさを発見して一斉に集まって来る感じ。わかります?なんかそれくらい若い子達が集まってきたんです、僕のために。緊張しましたよ、めちゃくちゃ歳上なのに。今の農大劇研は多分50人くらいいるんじゃないでしょうか多分、豊作です。部室居たのは10人位でした。金丸君に今の幹事足立君と副幹事の鈴木君を紹介してもらったので、あと2・3年はまた繋がれるかな・・。
 先輩らしく差し入れは当然持っていきましたが、それよりこちらのチラシを渡すときたら向こうが一斉に「ありがとうございます!!」と言ってくれたんです。躾けられててもあんなに素直には言えないだろう。こっちが受け取ってもらう”ありがとう”なのに逆でしょと一応突っ込んどきました。ということで控えめに明るいおっちゃんのイメージを残してさっさとおいとましてきました。さて公演は何人観に来てくれることでしょう・・。
 なんか、まだ昔の劇研に繋がれてることが嬉しいですよね、こっちも行ける時は彼らの公演を今でも観に行く様にしてるし、最近はあの佐藤二朗氏と偶然にも一緒に劇研を観に行ったこともありました。部員にとってはなんと幸せなことだったか。農大劇研のアトリエはとてもめぐまれてまして部室が広く公演をうてる条件が備わってるので数々の伝説を僕らも刻んできました。活てはあの渡辺えりさんの劇団300もうちのアトリエを借りにきたくらいですから。豊川悦司氏も来てたんですかね。想像が膨らみます。
 愛着があるから後輩の為にも飛び抜けたいですよ。彼らの前で偉そうにするとかじゃなく農大劇研出身の役者として有名になったら最高じゃないですか。だから、これからも大事にしてきますよ農大劇研。
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今だから

 母ちゃんが体調良くないので実家帰ってました。気力はしっかりしてたので一安心。父ちゃんが元気で精力的に動き回ってるのも頼もしかった。先日祖母の7回忌をしてきたばかりでしたが、今朝親戚から不幸の知らせがはいりました。家族の心中を察すると心痛むばかりだし、うちの母ちゃんが落ち込まない様に気をつけないとだし・・。 
 そんなこんなで久々に実家に泊まってきたのですが、お座敷に飾ってあるもう他界してる両親それぞれの祖父母の写真と昔飼ってた母娘2匹の犬の写真を眺めてたら思い出すことが多々あり、あの時には気づけなかった事など自分の無知さというか鈍感さが情けなくなりました。それだからこそ、今身内に起きてる事に敏感にならないといけない時期だと感じている。去年までは全くピンピンしていた母ちゃんが今年極端に具合を悪くしている。いつまでも”平穏”は続くはずがないのだ。。今まさに大事な時なのだ。今しっかり考えないと手遅れになる気がする。いったい何を先決すればいいのか?僕は稼げるために俳優をして来た、でも、10年前から考えて今が稼げてるかといえばたいして変わっていない。この業界は一発当たれば過去は関係ない。だから、いつどうなるかはまだまだわからない・・とは僕の言い分。自分も家族も”まだまだ”幸せであるためには、今なにをすべきなんだ!!

松本さんとの青春

 今年は敬治さんの7回忌なので、今日仲間が長野佐久平へ墓参りに行ったようです。僕も誘われてましたが、集団で行く空気ではないなと思い時期をみてひとりで行くことにしました。7年といわれてもあまりピンときません。いつまでたっても心の中で生きててもらってるんで。いい意味で残念なのは、あの方以上の凄い人にこの世では出会えてない気がします。偉大な人は長生きできないんですかね〜。
 恋愛はしてこなかったけど、僕は松本さんに恋して、あの人を追いかけてた20代でした。だから、あの人といるとなんでも出来る気がしたし、実際あの人の求めて来た無理難題もそう感じずに向き合ってきたもんです。
 思えば、敬治さんのやっているジャズダンススクールに習いに行ったのに、一人芝居がやりたいと言ったばかりにスタジオがあった下北沢の路上で僕の役者の腕前を見せるということから始まった。路上でなんてやったことなかったけど、敬治さんに認めてもらうことだけ考えてたから、何の躊躇もなく自分のその時考えてたネタをいくつか披露した。そこで敬治さんは自分のスクールの今後のライブで僕の芝居を取り入れようと決めてくれたのであり、僕は路上を歩いてた知らない人が止まってみてくれたことが役者として小さな勇気をもらった瞬間でもありました。そうして僕らの中に信頼関係も芽生え、2年後には敬治さんプロデュースで僕の一人居”HIT
ORI"は実現してました。その時からプロとしてお客様を大事にしろと教え込まれてたのが今につながってます。ダンスライブの司会もやったし、ファンの集いでファンサービス精神も教え込まれました。
 芝居で足の大怪我をしたのをきっかけにダンスは辞めて、足に負担が軽い日舞へと習い事を変えても、敬治さんとは繋がってました。北沢タウンホールでのライブの舞台監督を頼まれた時は、仕込みも一通り終わったとこで、装置が気に入らないと言われ、夜中徹夜で僕はひとりで舞台装飾を買い走り、色付けやらしたものを本番の日に会場へ持って行き午前中でみんなの協力でなんとか作り替え、敬治さんに見せたら「おお〜いいね〜」である。上に立つ人はホント勝手だと思ったもんだ。でも、あの時も追い込まれた感はなかったな〜、普通に考えたら「もう時間ないから無理です!」というところを、なんとかしなきゃという気持ちだけだった。あきらめないことを養わさせてもらった。あとは、演者としての究極の度胸も植え付けられたことがある。それは、敬治さんと僕だけで密かに進められたエンターテイメント。敬治さんはトリで踊ってる最中で酸欠でうずくまるから、舞台監督として袖で見守ってる僕に助けを求めるという。舞台上に出て来て舞台を一度止めて欲しいと・・そしてあらかじめ用意しておいた酸素スプレーをもってきて吸わせてほしいと。それは本番前に言われていた。そして、スプレーは一応袖に備えていたものの半信半疑な僕を余所に敬治さんは本当に予告してたとこでいきなりうずくまったのである。お客さまは何事か理解できずにいる。本当に僕は舞台上に呼ばれその場でお客様に事情を説明いして中断させたのです、あくまでハプニングを装って。そして、スプレーを持ってきてお客様の目の前で一部始終は進み、僕の一声で再開された。バックヤードにいたメンバーも何が起きたのかキョトンとしていたらしい。誰も2人だけの自作自演をしらないのだから。その”ハプニング”もあって踊り終わったあとは大拍手でした。この後、僕はあれが敬治さんのドラマを持たせるためのずる賢いというかプロというか自分を魅せるための技として懸けをしたんだと気づかさせられた。ほんと桁外れだ。でも、自作自演に加担させてもらえたのも、僕を信頼してくれてたからだと有り難くおもっている。本番を止めたんですよ、僕、普通は殺されますよ、でも僕らだから出来たことだしあんな経験はなかなか出来ないですよ。なんか、僕は役者一筋だけど芝居よりも貴重な経験してきてることが逆に芝居に生きてる気がします。松本さんとの出会いは女性と恋愛することよりも次元の違う恋愛をさせてもらいました。僕らの”恋愛”は永遠です・・・。

いつでもゴールデンウイークな僕

 舞台の稽古に入り台本が一通り体の中にしみ込んでくる時期は、毎回首から肩にかけて凝りが凄い事になってるんですが、今回も今まさにやられてるんですが頭痛も帯びてかなりつらいので、血行を良くするために久々というか今年多分やっと2回目の高尾山トレに行ってきました。
 いつもの早朝ではなく仕事終わりの昼寝して朝からパンひとつしか食べてない状態でいきました。天気が怪しい感じでしたが、暑くもなく寒くもなくのいいコンディションもあり、久々なのに31分20秒登頂というベスト記録!進化止まりません、はい。時間も時間で人気のはずの高尾山はカップルが数組見かけるほどの淋しさ。下山時は誰ともすれ違わずでひと気のない山の恐さを感じながらひたすら発声練習して降りてきました。思いだすのは、佐藤二朗さんの劇団”ちからわざ”にださせてもらうと決まった時に決意表明として、奥多摩の山の中で一晩過ごそうとした事がある。氷川キャンプ場の横から登る山の途中に神殿があるのだが、そこに行く手前に恐ろしいほど急斜面の階段がそびえているのだ。高校時代に山岳部で馴染みのあるとこでもあるのだが、ふいにそこで夜を明かそうと決めて夕方から奥多摩にのり込む。親友の緒方にだけ「もし明日連絡なければ何かあったと思ってくれ」と言い残していざ暗い山の中へ。確かヘッドランプはしてたと思うが昼間淡々と歩いてた道がまるで別物と化していた。全く前がわからない、暗い、音ひとつひとつが恐い・・目的地どころか、もう10分位進んだとこで挫折。逃げるように入り口まで戻った。でもホント恐いんでみなさんマネしないでね。そう考えると自衛隊の訓練で奥多摩に何日もこもってたと言っている俳優の今井雅之さんはホントすごいです。で、僕はなんもしないで帰るわけにもいかないから、そのまま奥多摩駅の待合室で一晩過ごして帰ってきました。山の昼と夜の顔を実感した日でした。そんなことを思い出させられた今日の高尾トレでした。
 なんか首筋の凝りは激しい運動の成果かかなり楽になったかな。明日も早いんで今日は風呂もゆっくり入りしっかり休ませようと思います。 
 そして、明日はミスタープロレス『小橋建太』が日本武道館で最後の試合をします、引退です。同じ時代に生きれたことを幸せに思います。ありがとう!!小橋建太!!!

歴史的一日

 「エルム街の悪夢シリーズ」のフレディーことハリウッド俳優ロバート・イングランド氏との対面を実現してきました。最後まで素の稲吉剛で行くか一徳会で築いてきた金田一耕助として行くか迷いに迷ったけど、一番最初に金田一として行こうと思いついた直な気持ちを大事にしました。ロバート氏はフレディーというキャラクターがなんといっても代表作です。僕は金田一耕助が代表作。お互いキャラクターものを演じてきた俳優同士(すいません知名度、人気度、実績度、かっこいい度・・全てで恐れ多いのですが)、縁にさせてください。だってハリウッド俳優に身近で接することすら一生にあるかないかなのに自分が大大大好きな俳優さんとのご対面なんですから。
 やっぱりここまで俳優やってきたから会えたのだし、金田一というキャラクターも続けてきたのだから、素直に誇りを持っていいなと思いました。カメラマンとして一徳会で映像やら音響を担ってくれてる農大の後輩武者君に無理いって同行してもらいドキュメンタリー調で一部始終をビデオ撮影してもらえたのも金田一として行く事に勇気をもらえました。会場内を金田一として歩き回る事はかなりの覚悟を必要とします。世間で太平版金田一が浸透してるかといえばノーです。限りなく僕に寄って来てくれる人はいません。本当にこれって辛いとこですが当然のことだし、最初からうまくいくわけがないのであり、でもそういう時期を通ってかないと道は拓けないとわかってるんでいくらでも出て行きますよ。兎に角誰もやってきてない金田一をしてる自負があるから!!
 何よりもロバート氏に日本のコロンボこと金田一耕助という存在を知ってもらうきっかけを与えたのは間違いなく今日の僕であり、太平版金田一耕助であったという事実、これが全てです。
 僕は今日フレディー氏との2ショット写真を眺めまくります。僕だけが感じれる感動。いいんです、絶対誰にもわからない境地なんです。ただこれだけはわかってもらえればいいかな『世間は気にするな、今の自分を受け入れろ、あきらめず自分の道をあがき進め』

真夜中の感動

名探偵コナン『絶海の探偵』見てきました。恥ずかしながらこれが初めてです。一昨年天王洲の舞台で共演させてもらった高木渉さんがゲン太の声をやられてることもあり、いい加減見とかないとと思ってたので。とあるタレントさんのブログにこの作品を夜中見に行ったら劇場が貸し切り状態だったらしいので、この連休期間を利用して僕も夜中の新宿バルト9へ23時20分からの上映予定のコナンを見に行きました。生憎の雨だし、終電もなくなるのでもしかして僕ひとりもあり得るかななんて思いながら、映画館に行くと意外や意外にも人が結構いらっしゃりました。というのも、今日は1日映画の日で千円の日でした。コナンの深夜の回は8割埋まってました。
 そして、見終わっての感想は・・うん、おもしろすぎというか凝り過ぎです。こりゃ人気あるわと感心してしまいました。終わったのは1時20分。普通なら帰れませんよね、でも僕は自転車で10分であっという間に家に帰ってました。コナンのおもしろさを発見(遅過ぎ)できたことと、夜中の映画館を初体験してきたことが気持ちよかったです。この瞬間を共感できる相手は相変わらずいませんでした。なんか残念です。おもろいこといっぱい出会えるのにな〜。これからもおもろいこと発見してこ〜。
プロフィール

agotonio

Author:agotonio
1973年、埼玉浦和生まれ、AB型。
故俳優蟹江敬三氏を追い続けている。イッセー尾形氏のひとり芝居にあこがれ農大劇研で芝居を始めた。トムプロジェクトの養成所に入り、人生の指針が動きだした。
新日本プロレスをこよなく愛す。
俳優。

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